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2013年8月

2013/08/31

台風対策

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金曜午後の台風対策。大したことがなくてよかったです。

2013/08/30

初めてのフィンランドでの写真

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初めてフィンランドを訪問したときのヘルシンキ駅の写真を載せた時、「その後もフィンランドとの縁ができるとは思ってもいませんでした」と書きました。

この写真は、初訪問のときの最初の写真で、ヘルシンキ・ヴァンター空港のものです。建物の上には「国際線」と書いてあるのですが、"ulkomaanlennot"というフィンランド語を見て、なんとわけのわからない言葉だと思ったのでした。まだとなりのスウェーデン語"utrikesflyg"のほうが想像がつきました。

2013/08/29

湖で魚釣り

再び、1993年1月のフィンランド初訪問時の写真です。

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このときは、湖畔の労働組合保養所で、合宿形式で開かれた学会に参加しました。学会の前のリクリエーションとして、凍った湖に魚釣りに行きました。午後2時くらいだと思いますが、太陽の方向にカメラを向けると、こんな写真に。

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帽子は、学会のお土産にもらったものです。

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この方は、指導してくれた釣りの名人。同じ場所で釣っても、名人は釣れましたが私は釣れませんでした。釣り針を入れる深さが重要なのでしょう。「湖の深さはどのくらいですか?」と聞いてみましたが、「英語はわからない」と返されてしまいました。いまならフィン語で聞けるのですが…

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名人の釣った魚です。

2013/08/28

自衛隊員募集

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京都市営地下鉄の車内に出ていた、自衛隊京都地方協力本部の募集広告。昔、街で私のような大柄な若者に「君ええ体してるなあ。自衛隊に入りませんか」と声をかけていた頃とは大違いです。

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「※写真はイメージです」とは、どういう意味でしょう… (・_・;

2013/08/27

背中

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先日の演奏会で、こんな写真も撮っていました。これだけ見ても、弓はジャーマン式で持っているとか、楽器に対して前にかなりまわりこんで構えているとか、いろいろわかります。

左下隅にぼかしをかけているのは、佐村河内「交響曲第1番」の楽譜(未出版)が写っているからです。このくらいの解像度でも、ぼかしをかけないと、かなり読み取れてしまいます。

2013/08/26

アメンボのその後

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大学の噴水に、あれだけたくさんいたアメンボが、2,3匹しかいなくなってしまいました。アメンボの寿命は短いと聞くので、生涯を終えてしまったのでしょう(合掌)

(参照)2013年7月18日7月23日7月27日の記事

2013/08/25

室内楽の会

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今日は、室内楽の会に出演して、ディッタースドルフ/ヴィオラとコントラバスのための協奏交響曲の第1楽章を演奏しました。本来は独奏ヴィオラ・独奏コントラバス・小管弦楽のための曲ですが、今日は弦楽四重奏の形で、独奏の2人も合奏の部分も弾きました。

演奏の前に、司会者の方による楽器の紹介があり、ふつうはヴァイオリンとチェロが主役でヴィオラとコントラバスは脇役だが今日は逆、という話とともに、各楽器がひと節ずつ弾きました。私はベートーヴェンの「歓喜の歌」のひと節を弾きましたが、今回はソロ調弦にしていたため、間違えないように、移調した音符を楽譜の余白に書いていました。

これはリハーサルの写真ですが、本番も服装は同じです。カジュアルな服装ということでしたが、仕事のときと同じではおもしろくないので、インドネシアでもらったバティックのシャツを着てみました。

2013/08/24

ゴーヤーと蜂

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先日、大学で「緑のカーテン」になっているゴーヤーの写真を載せました。ゴーヤーを食べるときは、緑の実を収穫しますが、実をそのまま置いておくと、このようにオレンジ色になり、さらに弾けて種が出てきます。

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種の周りの果肉は甘いそうで、蜂が来ていました。

2013/08/23

マジックライス

先日の東広島交響楽団の演奏会は、広島大学サタケメモリアルホールで開かれました。この名前は、ホールの建設にあたって多額の寄付をしてくださった、株式会社サタケと佐竹家の名前をつけたものです。「サタケ」は東広島市に本拠をおく会社ですが、何の会社かご存じですか?

サタケは、精米機をはじめとする、穀類を扱う機械の会社です。この業種では世界的な企業で、精米機のことをsatakeといえば通じる国もあるそうです。

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サタケは、機械のほかに保存用乾燥米飯「マジックライス」も作っています。パッケージを開いてお湯を入れると15分で食べられますが、非常時で燃料がないときでも、水を入れて1時間待てば食べられます。写真は西条駅の売店で売っているところです。震災の時は、東京の義姉にこれを送りました。

2013/08/22

ヘルシンキ駅,1993

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夜のヘルシンキ中央駅、1993年1月。

海外で開かれる学会で初めて発表するため、ひとりでやってきました。このときには、その後もフィンランドとの縁ができるとは思ってもいませんでした。

2013/08/21

ふたたび花束

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演奏会でいただいた花束です。奥のユリの花は、ここに飾ってから咲き始めました。

あいかわらず花瓶はなく、パスタソースの瓶を使っています… 本当はもっと大きな花束だったのですが、瓶に立てるためにだいぶ小さく切り詰めてしまいました。すみません m(_ _)m

2013/08/20

萩谷

私の勤めている関西大学総合情報学部は、JR高槻駅からバスで山の中に入ったところにありますが、大学のさらに奥には萩谷(はぎたに)という集落があり、大学を経由してそこまで行くバスも走っています。(地図の「A」です)

いままでは、駅と大学をバスで往復するだけでしたが、車を買ったので、「大学のさらに奥」に初めて行ってみました。

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谷あいに家が並んでいます。

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この奥へは、関係者以外の車は入れません。

2013/08/19

ノンアルコール芋焼酎

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これ、「ノンアルコール芋焼酎」です。鹿児島の小正醸造の「小鶴ゼロ」という製品です。

飲んでみましたが、揮発する成分がないので、ただ臭いだけのような… やっぱり、蒸留酒をノンアルコールで作るのは無理があると思います。「甘いけれど太らない甘味料」のように、「酔わないアルコール」は作れないのでしょうか?

2013/08/18

演奏で、ちょっとズル

今日は、東広島交響楽団第16回演奏会に出演しました。ご来場くださったみなさま、ありがとうございました。東広島交響楽団に参加するのは4回目ですが、曲目が話題の佐村河内「交響曲第1番」で、新聞でとりあげられた効果もあったのか、いままでよりずっと多くのお客様に来ていただけました。拍手の音量がいままでとは違いました。スタンディングオベーションまでいただいて、感謝感激です。(ブラボーはもうちょっと後のタイミングでお願いしたかったのですが…)

さて、恒例の「演奏しているふり」写真ですが、今日はこんなのです。

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何の変哲もない写真ですが、ちょっと弓の持ち方が変?

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実はこれ、フレンチボウです。

今回は、佐村河内「交響曲第1番」ではジャーマンボウを使う予定でした。ところが、この曲では、低い音を延々伸ばす場面がいくつもあります。たとえば、第2楽章の終わりは3部に分かれたコントラバスだけの演奏で、最低音のE音を延々伸ばして静かに消えて行くようになっています。

久しぶりにジャーマンボウを使ってみたら、こういう「低い弦を何度も弓を返しながら弾きのばして、静かに消えていく」というボウイングがうまくいかずorz (いや、前から下手だったのかもしれないけれどorzorz)こういうのはフレンチボウのほうが楽です。

というわけで、フレンチボウを使うことにして、フォルティッシモで細かい音符の続くところだけ、ジャーマン式に持ってガシガシ弾いてごまか(ぐえっ)

2013/08/17

明日は本番

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明日は東広島交響楽団の本番です。演奏会のご案内はこちらです。

恒例の「うまくいく」ですが、今回はこれを使うことにしました。サイン入り楽譜をあまり持ち歩くといたみそうですし、それにただでさえ分厚い楽譜を使うのに、さらに譜面台に厚い楽譜をおくと、先日のような失敗の原因になりそうなので…

2013/08/16

人間を制御

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デミオSKYACTIVのメーターです。右側の表示には、瞬間の燃費、現在の燃料での走行可能距離などが表示されます。

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到着してエンジンを停止すると、ここまでの運転が、燃料を節約するのに適した運転だったかどうか評価され、点数が出ます。 (クリックすると動画を表示します)

「上達しています この調子で上のレベルを目指しましょう」 コンピュータのくせに大きなお世話です(笑) しかし、自動車の燃費の向上には、新しい技術もさることながら、運転する人間のほうを制御するのが一番効果的なのかもしれません。

2013/08/15

終戦の日

きょうは終戦記念日ですので、写真日記はお休みして、両親に聞いた、1945年8月15日の話です。

(1)父の話

父は工業学校(旧制中学に相当)を出て、海軍の飛行予科練習生(予科練)に入り、終戦の時には豊橋(だったかな、そのあたり)の航空基地にいたそうです。

その日の朝、「天皇陛下のお話があるので正午に集合せよ」という指示があったので、「戦争をもっとしっかりやれという話があるのだろう」と思っていたそうです。で、放送を聞いたものの、音質は悪いは言葉は難しいはでさっぱりわからず、上官の「つまり、負けた」という話でようやく敗戦なのだとわかったと言っていました。

その後は、「待機」という指示があっただけで何もすることがなかったそうです。ただ、「『負けたというのは嘘で、何かの謀略に違いない』といって、何人かが自動車に乗って出かけて行った。その人たちがどうなったかはわからない」と言っていました。

父がなぜ海軍に志願したのかは、とうとう聞くことができませんでした。ただ、祖母の話では、父が海軍に行った直後に、父と近所の人に陸軍から招集令状が来て、近所の人は家にいたので陸軍に入り、戦死されたそうです。父も一緒に陸軍に行っていたら、同じところに送られて戦死していた可能性もありました。一方、海軍予科練のほうも、年次によっては戦死率が非常に高く、海軍に行った結果内地にいて出撃せずにすんだのはあくまで結果論なのですが、いずれにせよ父が戦死していたら私は生まれていなかったわけで、父の強運には感謝しています。

(2)母の話

母は当時小学校3年生でした。(本人はいつも「2年生だった」と言ってますけど、1936年8月生まれだから1945年には3年生になっているはずです)

夏休みの途中でよくわからずに学校に集合させられ、よくわからないラジオを聞かされ、みんな泣いていたので自分も泣いていたと言っていました。

ただ、すでに終戦の前から、近所の大人たちは「負ける」とよく言っていたそうです。母の実家は名古屋の近郊で、米軍機が名古屋に向けて落とす爆弾を切り離すところが見えたそうです。そんな状態でしたから、もう勝ち目はないと一般の人もわかっていたのでしょう。時には、日本軍の攻撃が米軍機に命中するのが見えて、見ていた人が歓声をあげていたこともあったそうです。

そういえば、父も母も、テレビドラマで玉音放送のシーンがあると、いつも「ラジオは雑音だらけで、あんなにきれいな音では聞こえなかった」と言っていました。

(3)祖母の話

そういえば、祖母には空襲の話はよく聞きましたが、終戦の日の話を聞いたことがありません。祖母は、ずっと日本が戦争に勝つと信じていたそうで、近所のおじいさんが「この戦争は、負けまっせ」と言うのを聞いて、変な人だと思っていたそうです。父が海軍に入るときも、祖父は泣いていたそうですが、祖母は「しっかりやってこい」と父を送り出したとか。

国防婦人会の世話役をしてくれと頼まれたことがあったが、字が書けないので残念ながら引き受けられなかったと言ってました。でも、バケツリレーや火叩きの訓練には参加したそうです。空襲で家を焼かれてはじめて、そんなものが何の役にもたたず、それまで聞いていたことはみな嘘だったとわかったとか。

字が書けないというのは、祖母の世代は義務教育が小学校4年だけで、しかも祖母は9人の兄弟姉妹の第一子なので、おそらくまともに学校には行ってなかったのだと思います。それでも商売(八百屋)はちゃんとしていたのですが、戦争に関する祖母の「だまされた」という話を思いだすにつけ、勉強はできるときにしておかなければならないなと思います。国防婦人会の世話役は、しなくて幸いだったとおもいますけど。

2013/08/14

鳥居マーク

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京都市営地下鉄・五条駅のホームにて。このマークがあるということは、ここでする人が…

実をいうと、私、地下鉄京都駅のホームで、…している老人を見たことがあります (-"-)

2013/08/13

フィンランドでスキー

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1995年の1月末か2月始めに、フィンランド北部のスキー場"Ylläs"へ行った時の写真です。夕方のような日差しですが、これは午前中のはずです。

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標識には「表示されたコース以外での滑走は自己責任で」と書いてあります。このあたりは森林限界を超えており、スキー場は木のない山にコースを作ってあるだけなので、コース以外も滑ろうと思えば滑れます。

2013/08/12

マツダ・デミオ

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おとといの記事で、マツダ・デミオSKYACTIVを買ったと書きましたが、私は前に、初代デミオに乗っていたことがあります。上の写真は、2009年3月27日の記事に載せたもので、前に乗っていたデミオを手放したときのものです。(明るさを変えて見やすくしました)

デミオは、「マツダの救世主」とよばれているそうです。マツダがバブル時代の拡大路線で失敗し、経営危機に陥っていたときに、なるべくコストをかけずに急いで開発したのが、このデミオだそうです。ところが、この地味で実用に徹した車が非常によく売れて、マツダは危機を脱したのだとか。派手な時代の失敗を地味なもので取り戻したというのは、考えさせられるものがあります。

初代デミオのコマーシャルには、米国プロバスケットボールのスコッティ・ピッペン選手が出演していて、身長203cmのピッペン選手も楽に出入りできることをアピールしていました。(Youtubeで見られます) 販売店には、ピッペン選手の形をした「実物大」の風船がおいてありました(笑)

2013/08/11

市民球場跡のいま

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広島市民球場の跡地では、5月には「菓子博」が開かれていましたが、今度は「全国消防救助技術大会」が開かれるそうです。走っている消防士さんが見えます。

2013/08/10

車を買いました。

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車を買いました。マツダ・デミオSKYACTIVです。この写真は、販売店で納車時のサービスとしてもらったものです。

関西の勤め先や家の周りで乗る車を買うことにして、どんなのにしようかと考えたときに、思いだしたのが、自分が初めて乗った車のホンダ・シティターボでした。当時(1990年)、こういう「小さな車体に強力なエンジン」の、いわゆる「かっとび車」が流行っていました。

そのことを思いだしたのですが、いまはそんな車は外国車しかありません。シティと同じくらいの大きさの「アバルト595」にはかなり魅かれたのですが、シティに比べて丸い形なので、コントラバスが積めない可能性がありました。さらに、かりに妻も関西に来て家をひとつにしたとしても、今回買う車をわが家の唯一の車にはしない、としたので、趣味に走った小さな車に300万円以上かけるのもちょっとなあ…ということになりました。

そこで方針転換。昔乗っていたシティターボは、ホンダで初めて、コンピュータ制御燃料噴射装置を採用した車でした。いわば現代のハイテク自動車の始まりのような車です。というわけで、その路線の最先端を行く車にということになりました。デミオSKYACTIVEは、現在のところガソリン車で唯一、最高の燃費基準・環境基準を達成したことにより、自動車取得税・重量税が100%免税になっています。私は、デミオは初代(いまのは3代目)に乗っていたことがあり、使い勝手がよく好印象があるという理由もあります。

今回の車は、私にとって初めてのオートマチック車で、しかもCVT(無段変速)の車です。この車は、アクセルペダルの踏み込み量と踏み込み速度によって、燃料の噴射量だけでなく、変速比とその変化速度・吸気バルブの開閉タイミングも制御しています。乗っていると、右足で車のコンピューターと対話している、という感じです。広島で長らく乗っているマツダ・ロードスター(1999年登録)の、まさに「機械」そのものという感覚(アンチロックブレーキもついていません)とは対照的です。

子供のころ家にあった絵本には、「21世紀の自動車」として、車輪のない「エア・カー」が載っていました。現実の21世紀の車は、車輪は今まで通り4つついていますが、もう20世紀の車とは全然違うな、と感じます。

2013/08/09

博士論文公聴会

広島大学で私が指導した最後の学生の郭小英さんが、今日、博士論文公聴会を成功裏に終えました。おつかれさまでした、おめでとうございます。

今日は、写真はFacebookにおいています。こちらをごらんください。Facebookのアカウントをお持ちでない方でも、写真を見ることができます。

2013/08/08

なら燈花会

「なら燈花会(とうかえ)」に行ってきました。奈良の街を、ゆっくり2時間歩いてきました。

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猿沢池と興福寺。

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浮見堂。夜もボートに乗ることができます。

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大仏殿の屋根を背景に。

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ともしびの中を歩く人影。(写真をクリックすると動画を表示します)

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「なら燈花会」では、電飾ではなくろうそくが使われています。1本1本に火をつけたり、また消していくのには、大変な労力がかかっています。

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(おまけ)浮見堂付近の森。こうやって見ると幻想的です。

2013/08/07

ゴーヤー

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大学で「緑のカーテン」になっているゴーヤー。小さくてもゴーヤーの実です。

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全体はこんな感じです。

2013/08/06

灯籠流し

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お盆の時期には、全国で灯籠流しが行われます。広島では、8月6日の原爆忌に、平和公園の横を流れる元安川で行われます。

この写真は、2004年に撮影したものです。この他、広島の川の干満差を表す写真などを、こちらのページで公開しています。

2013/08/05

御池駅

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京都市営地下鉄・烏丸御池駅は、前は「御池駅」という名前でした。ここの入口に、「御池駅」という古い表示が残っていました。

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取り消し線で消してある「御池駅ギャラリー」とはこれで、いまは展示品は何もなくがらんとしているのですが、何かに使えないものでしょうか。

2013/08/04

Ogawa Coffee the Cafe

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京都・三条寺町の"Ogawa Coffee the Cafe"が、残念ながら8月18日をもって閉店だそうです。京都に引っ越してきたすぐ後で、家の近くに開店したので、よくお世話になりました。

2013/08/03

極夜

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ノルウェー・トロムソ市にて、冬至あたりの午後2時ごろの写真です。この写真はフィルムで撮ったもので、露出を開き過ぎて明るい写真になってしまいました。ここに掲載したのは、当時の記憶をもとに明るさを調整したものですので、実際にこうだったかどうかは不明です(汗)

2013/08/02

ブラック/チョコレートアイスバー

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私が「ガリガリ君コーラ味」が好きだというのは、一部ではよく知られているようですが(笑)、実はこのシンプルな「ブラック/チョコレートアイスバー」も好きです。これ、かなり昔からありますよね?

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これも赤城乳業の商品だとは、いままで知りませんでした。製造は別の業者のようですが。

2013/08/01

オーロラの写真

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1994-95年にフィンランドに留学していたときに、飛行機の中から撮影したオーロラです。このときの写真は3枚あるのですが、いままで公開していたのはこれで、上の写真はいままで公開していませんでした。

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なぜかというと、ネガフィルムを雪の上に落としてしまったために、こんなふうにシミがついてしまっていたからです。いまでは、こんなシミはPhotoshopで簡単に取り除けるようになりました。便利になったものです。

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