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2010/06/13

京橋

20100612kyobashi

この写真は,大阪城をこの地点[mapion]から見たものです.大阪城の手前にあるレンガの建物は,大阪砲兵工廠の遺構で,以前は自衛隊大阪地方連絡部として使われていました.

上にかかっている橋は,大坂橋という歩道橋です.この名前には興味深い由来があります.「大阪橋ものがたり」をご参照ください.

問題は,その下の小さな橋です.この橋は「京橋」といい,文字通り京都から来た街道が大阪城に入るところにかけられています.上のmapionの地図を見るとわかるように,この場所は現在の京橋駅とは大きく離れています.しかし,これが本当の「京橋」なのです.

現在京橋駅がある場所の本来の地名は「蒲生(がもう)」で,京阪の駅名も蒲生だったのですが,現在の環状線の駅名が京橋と名付けられていたため,結局京阪の駅も京橋に改称されてしまいました.また,この地点から西側にある寝屋川橋を渡ったところの地名は以前は「京橋前之町」で,その西側にも京橋1~3丁目という地名があったのですが,いずれも廃止されてしまいました.

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コメント

京橋とは別のところに反応してしまいますが。
大阪砲兵工廠といえば、太平洋戦争が終わって20年以上たった昭和40年代まで空襲で焼けただれた巨大な工場の残骸が環状線からよく見えました。
今のOBPあたりだと思うのですが、小学生だった私にも強烈に記憶に残っています。
写真がどこかに出ていないか探したのですが、一つだけ見つかりました。
「市電が走った昭和の大阪」で検索すると関テレのサイトに小さな写真が載っています。

ご紹介頂いた砲兵工廠の写真を見ました.こういう工場の骨組みは記憶がないのですが,レンガの瓦礫が残っていた記憶はあります.小学校の時は,よく「探検」といってあのあたりで遊んでいました.

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